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2019.07.12 Friday

完敗

 間に合わなかった。
 最後の生き残りだったかもしれない生き証人の方に連絡を取ることは、ついに叶わなかった。
 メッセンジャーから送ったメッセージに先方が気づいてさえいれば、確実に間に合ったはず。
 Facebook、やはり大っっ嫌いだ。
 (とは言え、生存確認できたのもFacebookのおかげなんだけどね。腹立つけど。)

 この世にいて欲しい人が、まだ若いのに、次々とこの世を去っていく。
 見事な死に様を見せつけられた。自分なんかにはとても無理。
 合掌。  

00:00 | histoire | - | - | |
2019.07.05 Friday

夜クラシックVol.21

 吉野直子氏のハープと、上野星矢氏のフルートのデュオコンサート。
 ハープを使うデュオ曲で誰もが知る名曲の数々を、これでもか〜!というほどたくさん聴ける機会は、それほど多くないように思う。
 開演の時刻、ホールの照明が全て落とされた。ほとんど真っ暗な状態で、二人がステージの定位置につく。そのあとすぐ1曲目の演奏が始まった。 つまり、最初の拍手はなし。何かの意図があったんだろうか。

・Clair de Lune (Claude Achille Debussy)
 聴きに行く前は、果たしてベルガマスク組曲の方なのか、それとも歌曲なのかを知らなかったので、少しわくわくした。
 結局、演奏されたのはベルガマスク組曲の方だった。この「夜クラシック」のテーマ曲らしい。
 この「月の光」、当初の曲名は「感傷的な散歩道」だったそうだが、もしそのまま曲名が変わっていなければここまで有名な曲たりえただろうか。うーむ。でも、やはり曲名によらず有名になっていただろうな。
 ピアノやハープのソロも良いけど、フルートとのデュオも名曲。

・Clair de Lune (Gabriel Urbain Fauré)
 こちらも前の曲と同様、ヴェルレーヌの詩に関わる曲。フォーレらしい、夢みるような旋律。

・Sicilienne (Gabriel Urbain Fauré)
 どのくらいのテンポで弾くのだろうかと思っていたら、オーケストラでよくあるテンポだった。
 つくづく、良い曲だなあ。
 ペダルが結構面倒な曲なので、ペダルワークをよーく見たかったけれど、今回のホールはステージが高いところにあり、私の席からだとかろうじてDのペダルが見えるにとどまった。

・Vocalise - étude en forme de habanera(Joseph-Maurice Ravel)
 暑く気怠い雰囲気の曲。フルートのトリルの後とか、間の取り方が洒脱。フルートとハープが低音に移ったあとの切り替えがまた良い。

・Sonate pour flûte et harpe(Jean-Michel Damase)
 圧巻の全楽章。ハープの音数もすごいし、ペダルで死ぬ曲なのに。とくに、フルートの音数がとても少ない部分で、ハープの速いアルペジオが続く部分など、それはそれは大変だろうけど、ぴったり合っていた。
 楽章間の拍手…気持ちはすごく分かる。それくらい圧倒されてしまう。

・Syrinx(Claude Achille Debussy)
 フルート独奏。水辺で葦笛を吹く、神話の光景が目に浮かぶよう。

・12 Fantasias for Flute without Bas 〜 No.10 & 12(Georg Philipp Telemann)
 フルート独奏。この曲だけドイツの作曲家、時代も古い。フルートのことはよく分からないけれど、何やらごまかしがきかなさそうな曲…しかし、拍手がとても大きかった。

・Féerie : Prélude et danse (Marcel Lucien Tournier)
 ハープ独奏。吉野さん、この曲だけは楽譜なしで弾いていらした。合奏の曲だけ楽譜をかなり緻密に見ながら演奏されているのは、打ち合わせた内容などが細かく記載されているのだろうか。
 トゥルニエの師匠・アッセルマンが亡くなった1912年に作曲されたこの曲、初めて聴いたけど、とても美しい。
 音の粒のきらめきが、人が楽器を演奏して鳴らしている音というよりは、まるで自然に存在している粒子が空を舞っているかのよう。

・Beau soir (Claude Achille Debussy)
 原曲はポール・ブルジェの詩による歌曲。オトナの曲〜なぜか、高級ワインの入ったグラスごしに美しい満月が見える、というシーンが目に浮かんできてしまう。

・Nuits d'étoiles(Claude Achille Debussy)
 原曲はテオドール・ド・バンヴィル(1823-1891)の詩による歌曲。
 和音がとても多くて、それが星の瞬きを思わせるのだけど、和音って弾きにくくてきれいに響かせるのは難しいんだよなあ…。

・Carmen 〜seguidilla, Intermezzo, Habanera (Georges Bizet)
 オケなどで有名な曲。間奏曲以外、デュオ版は初めて聴いた。レパートリーとして持っておくと便利そう(当然、誰もが知っている曲なので間違えたら目立ち過ぎてしまうけれど)。

 今回の曲目は、フルートソロのテレマンを除いては、オール・フランス作品。つまり、ハープの足元がとても忙しいはずなのだけど、ペダルの音が聞こえてこない、ただそれだけでもどれだけすごい事か。やはり、王者の貫禄!
 吉野さんのすごいところは他にもあって、曲間に軽くチューニングする際、チューニングハンマーを取り付ける時に楽器の右側面を見ずにできる事だ。毎回驚かされる。

 休憩時間中、ステージ上の楽器を見ようという人が10人ほど前方に集まってきて、一人が撮影を始めた。すると他の人もつられて撮影しようとして、すぐさまホールスタッフの人が静止していた。それでも、後からまた人が見に来るので、スタッフの人はステージ前にずっと貼りついていらした。(私も実は撮りたかった。)
 フルートとハープの組み合わせだと、サロンコンサートや小ホールというパターンが多そうだけど、今回は大ホールだった。超人気のお二人なので、小さい箱だとお客さんが入りきれないだろう。私は前から6列目で聴いていたが、とても響きが良かった。こんな満席に近い状態の大ホールで、最後列だとどのように聴こえていたのだろう。
 ■
 昔、ピアノの発表会、オーケストラのハープ、フルートとハープのデュオ、ヴァイオリンのピアノ伴奏…などで弾いた事がある思い出の曲ばかりだったので、客席から名演を聴きながらとても懐かしくなった。一緒に弾いたあの人や、聴きにきてくれたあの人は、もうこの世にいないのだと思うとちょっと寂しいけど。
 いつ聴きに行っても、ほほ〜んと心地よくなるハープの安定感と、表情豊かなフルート。誰かが「細胞が癒される〜」と言っていたが、完全に同意。また聴きに行きたい。
 隣の席に、ピアノをされているという方と、フルートをされているという娘さんがいらして、少し会話した。フルートをやっているのかと聞かれ、ハープをやっていると話すと驚かれ、いろいろ質問を受けた。お母さんのピアノ伴奏で娘さんがフルートを弾く。そんなご家庭なのだろう。いいなあ。

21:30 | le concert | - | - | |
2019.07.03 Wednesday

déjà-vu

路面電車キムワイプ
似てると思うんだけどなあ。

2019.06.23 Sunday

片手ずつか両手か

 左肘の手術後、3日間練習をサボってしまった(1日目は患部を固定していたため。それ以降は、傷口が痛んだとかではなく単なるサボり)。3日後からは全く問題なく練習できている。当日の夜は少々寒くて多少傷口も痛かったが、結局は痛み止めも飲まなかった。
 左手がつらければ、治るまで右手と両足だけの練習をしようと考えていたが、杞憂に終わった。

 ピアノやスポーツでも時おり話題になる「片手で完璧に弾けるようになるまで練習したあとで両手で弾く練習をする」のと、「ある程度譜読みできたら、早めに両手での練習を開始する」のはどちらが早く弾けるようになるか、という問い。2006年10月に発表された「運動習得は片腕と両腕では大違い ?片腕運動と両腕運動では異なった脳内過程が運動学習に用いられることを解明?」という研究発表によると、「一見同じようにみえる片腕運動時と両腕運動時の右腕もしくは左腕の運動が、行動レベルで本質に異なっている」「運動学習の観点からすると、片腕だけで動かすか、両腕を一緒に動かすかで、同じ腕が一部異なった人格を持つかのように振る舞う」とある。
 以前テレビ番組でも検証されていたが、ピアノ演奏に関しては、両手での練習の方が早く弾けるようになっていた。自分自身を振り返っても、譜読みが難しい曲の着手時は片手で練習することもあるものの、結局は最初から両手で弾いたほうが早かった。いくら片手で完璧に弾けても、両手だと頭の中で曲と動作が結びつかないのである。
 また、ペダル操作に関しては、右足だけ、左足だけの練習などはボケた自分の頭には非常に難しい…というか、別の意味で頭の体操、ボケ防止にはなっているのかもしれない。右手と左足だけ、とか、左手左足だけ、といった練習は、老後の更なるボケ防止のために取っておきたい。

2019.06.17 Monday

神霊矢口渡

神霊矢口渡
 平賀源内が義太夫浄瑠璃まで残しているとは知らなかった。しかも、ペンネームが福内鬼外だなんて。
 前半は喜劇そのもので、客席からも笑い声が絶えなかったが、後半から終盤にかけてのドラマの盛り上がりは圧倒的。とくに、お舟が途中で"人形振り"(腰を動かしてはいけないらしい)に切り替わり、また元の人間としての演技に戻り、終盤までの熱演が迫力満点で目が離せなかった。ロボットの動きはこないだ"GEAR"で見たが、同じ"人間ではない動き"でも似て非なる難しさ、稽古の苦労がありそう。筋肉痛など大丈夫なのだろうか。
 お舟が太鼓を叩くシーンは、乱れ髪の八百屋お七が彷彿として浮かんだ。同じようなシーンでも、危険をやらかして機会を窺うのと、必死で相手を守ろうと奮闘するのとでは全然違うなあ。
 そう言えば、客席からステージに上がったお客さんが見得を切るのがすごく上手だったのには笑った。

2019.06.08 Saturday

閉所で聴く音楽

 PET-CTとMRIとCTを撮ってもらった。
 今回が初めてではないが、閉所恐怖症なので、もはや修行に行く気分。あの狭い筒の中で数十分間も静止し続けるのは辛いところ。毎回、涙目になりながら、少しでも別の事に意識を向けて恐怖から逃れるのに必死である。
 幸い、室内にはBGMが流れているので、耳をそばだててそちらに意識を向けることは可能である。

 PET-CTの時はグノーのアヴェ・マリア、アダンの Minuit,chrétiens などが流れていた。昔弾いた曲ばかりだったので、曲の伴奏をするようなイメージでわずかに指を動かしながら気を紛らわし、ひたすら時が過ぎるのを待っていた。すると、静かな曲の次に、突然、バリトンの曲が流れ始め…弾いたことがない曲だったし、突然の呻き声のような低音ボイスにびっくりしたので軽く混乱。結局、終わるまで涙目で過ごした。
 次はMRI。こちらは、BGMさえもかき消してしまうような、あの実験音楽のような音。コイルが伸縮したり、磁場を発生させるスイッチのON/OFFを何度も繰り返すことによって生じる音たち。かと言って、BGMをヘヴィメタにしてもかき消されるような音ではない。
そこで今回は、リコーダーやオカリナとギターに鳥たちのさえずりが入ったリラクゼーションミュージックに意識を向けつつも、機械音の音程を取ったり数を数えたりして気を紛らわせるという作戦をとった。楽譜に起こせたら楽しいのだが、何分の何拍子なのか、小節の区切りはどこなのか…などと考えると結構難儀な作業で無理だった。ちなみに、全ての音は数えられなかったが、ド、ファ、ソ、シの音が多用されていた。真面目な話、楽譜に起こして、それをハモらせたり、フィルを入れたり伴奏を付けたりして一つの美しい楽曲にしてしまうようなBGMがあったら楽しいのだが。音の種類的に、少なくとも癒し系の音楽には出来なさそうではあるが。

 資料映像などでPETやMRIを受けている人の様子を外から客観的に見ると、どこが怖いのか全く分からない。ところが、いざ自分があの筒の中に入るとなぜ不安になるのだろう。
 世の中には同じ思いをしている人も結構多いと聞く。なので、前日にわざと徹夜して本番で眠ろうとする人もいれば、そもそも撮らないという人もいるそうだ。
 自分の場合は、元々めまいが顕著なので、狭くて空間の把握がし辛い場所に固定されると自分の姿勢が把握できなくなるせいかもしれない。この、人体の加速度センサーの不具合が耳にあるのか脳なのかは分からないが、もし脳由来のものであれば今回のMRIの結果から判明するかもしれない。もしも精神的な理由による恐怖感であれば、これは果たしてどうすればいいのやら。

2019.04.27 Saturday

BONE MUSIC展

レントゲン写真レコード
初日の今日、さっそく見て来た。
ロシアがまだソビエト連邦だった頃、国家は音楽を含めたあらゆる文化を厳しく検閲し、統制してきた。ジャズやロックなど、西側諸国に関わる文化、時にはロシアの一部の音楽でさえも徹底的に排除された。
今、携帯やPCさえあれば、24時間いつでもどこでも世界中の音楽が聴けるような環境にいる者にとっては想像すらできない世界。
そんなソビエト時代、病院で不要になったレントゲン写真を丸く切り取り、溝を掘り音楽を刻んだレコードが秘密裏に作られていた。製作が発覚した者は容赦なく投獄されたという。
他にも、プラスチックや絵葉書のレコード、様々なソノシート、風刺ポスターに至るまで、いずれも滅多にお目にかかれないような展示が多く楽しめた。
時代背景は違うとしても、情報も統制され、物もなく不自由な環境下であっても、工夫を凝らして何が何でも音楽に触れたいという思いは、沖縄のカンカラ三線にも通じるものがあるように思う。
bonemusic展
これらは、パッと見、レコードだなんてまず分からない。レントゲン写真レコードの実際のサウンドも聴けたが、想像していたよりはるかにクリアーな音だったので驚き。


会場に向かう途中、旧ソ連について熱く語り合う2人連れの女子とすれ違った。確かに、ソビエトに興味がある人にとってはたまらない企画展であろう。
今日は10連休初日のはずだが、原宿のキャットストリートも渋谷の街も、それほど大混雑はしていなかった。外国人が多いのは相変わらずだが、日本人はむしろ、今は東京から出てしまっているのかもしれない。

16:00 | histoire | - | - | |
2019.04.02 Tuesday

三浦按針

 長崎県平戸市崎方公園内の三浦按針墓地で出土した人骨が、ミトコンドリアDNA分析でヨーロッパ人男性と断定したというニュースを見た。
 三浦按針の本名はウィリアム・アダムスといい、1600年、オランダ船リーフデ号で大分県臼杵市に漂着、徳川家康から外交顧問として重用された。日本に初めて来た英国人とされる。祖国への帰国もかなわず、1620年にこの世を去った。
 平戸市によると、1561年から1640年までに平戸で死亡した70人の外国人のうち、1590年〜1620年に死亡したのが三浦按針を含む英国人とオランダ人の計10人。DNA分析から死亡時期が一致、按針の墓である可能性がより高まった、とある。
 そもそも、墓の発掘に至るまでの経緯がどこにも書かれておらず分からないが、按針の子孫も捜されているなど、調査研究の対象になっている重要人物である事がよく分かる。按針は日本人女性との間に息子ジョゼフと娘スザンナがいたというから、現在も日本のどこかに子孫がおられる可能性もなくはない。但し、息子ジョゼフの方は生涯未婚だったそうだ。また、按針は日本に漂着する前、英国でも結婚していて2人の子がおり、妻の名前も分かっているというから、そちらの系統からも捜せるかもしれない。
 ただ、年代から計算すると、日本に子孫がおられるとしても、按針の血は多くても2048分の1程度。複数人見つかったとしても10th cousinより遠い血縁となるはず。DNA分析を以てしても按針本人が特定できない上、按針の日本人妻の事もよく分かっていないらしいので、科学的に子孫を探すのはかなり難しいだろう。
 あるDNA分析サービスのwebサイトを見ると、日本人の場合「日本人100%」という結果が出た人と、「日本95%程度、あとは中国、アジア他」といった結果が出る2パターンがほとんどのようだ。国籍が欧米でもDNAは完全に日本人という日系人は多く見かけた。なので、日本人と欧米人の比率が 1:0.000488125 という人が今後出てきたら、按針の係累である可能性もわずかながら出てくる…が、やはり、かなり少ない可能性だ。

23:58 | histoire | - | - | |
2019.03.31 Sunday

アノマロカリス

アノマロカリス
約5億1,500万年前、古生代カンブリア紀中期の海に棲息していた動物。オーストラリア・カンガルー島産。節足動物門 複眼。
こちらもレプリカではなく実物。南オーストラリア博物館所蔵。
アノマロカリスはフナムシとエビを足して2で割ったような外観で、体長は60cm〜2mもあったとされる。三葉虫を主食としていたらしい。この化石のどの部分が何なのかはよく分からない。

00:01 | scientifique | - | - | |
2019.03.31 Sunday

スキフォクリニテス

スキフォクリニテス
スキフォクリニテス Scyphocrinites sp.
シルル紀 モロッコ産 棘皮動物門 ウミユリ綱モノバスラ目 スキフォクリニテス科
…全てが憶えられない(笑)。
驚くべきことに、これはレプリカではなく実物らしい。

浮袋をもち、浮遊生活をしていた。茎の上には口があり、その周囲に張られた花弁のようなもので海中にいる餌を捕食。花弁のようなものの数は、どういうわけか5の倍数になっているとの事。

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