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2018.08.05 Sunday

夏の光景

ひまわりとミツバチ
蜂も忙しそうな夏。この写真を撮っている、ほんのちょっとした時間にも蚊に顔を刺されてしまった。血液型のせいだろうか。(典拠: Journal of Medical Entomology, Volume 41, Issue 4, 1 July 2004, Pages 796–799のアブストラクト専門用語は正直よく分からないが…。 )

ミンミンゼミ
今日は港区にて、今年初めてツクツクボウシの鳴き声を聞いた。一匹の声しか聞こえなかったので発見できず、写真には収めていない。
この写真のセミはミンミンゼミ。九州にいた頃はミンミンゼミの鳴き声を聞いた記憶がほとんどなく、テレビや映画の夏のシーンでお馴染みの鳴き声が聴こえてくるたびに、本州を遠くに感じたものだった。
九州では、クマゼミ、アブラゼミ、ニイニイゼミはよく見かけたように記憶している。そして立秋を過ぎたあたりからはツクツクボウシのラッシュ。同じツクツクボウシでも、序奏→主旋律→フィナーレにかけて、鳴くリズムが軽やかだったりダルそうだったり、鳴き声も濁声から可愛らしい声まで幅広いのが不思議だったが、やはり羽化したての頃から寿命までのあいだに声も変遷するのであろう。少なくとも、あの小さな体の中にある、ほんの数ccしかないであろう容積の共鳴室で、あれほどの大音量が出力できるのは驚きである。

2018.07.30 Monday

Emil Wiegand 覚え書き

麒麟麦酒の前身となった、スプリング・バレー・ブルワリーの設立に関与したドイツ人醸造技師エミル・ヴィーガント(Emil Wiegand)に関する覚え書き。
ノルウェー生まれのウィリアム・コープランド (William Copeland 本名はヨハン・マルティニウス・トーレセン Johan Martinius Thoresen 1834-1902)というアメリカ人が、エミル・ヴィーガントというドイツ人とともに、横浜山手のきれいな泉の沸く天沼のほとりにビール醸造所を設立、「スプリング・ヴァレー・ブルワリー(泉の谷醸造所)」と命名した。これが日本最初のビール工場であり、通称、天沼ビールと呼ばれる製品を世に送った。

このヴィーガントという人物、コープランドと比較しても、生年や人となりを示すデータがなかなか見つからない。(そもそも、同姓同名が多すぎる。せめて生年だけでも分かれば絞り込めそうなのだが。)

文献を追ってまとめると、
 ドイツ南部、オーストリアとの国境に近いバイエルン地方(英語読みではババリア)にて出生(生年不明)
→横浜山手46番 ジャパン・ブルワリーの支配人兼醸造技師として米国で契約
→1869(明治2)年ヴィーガント来日。「ジャパン・ブルワリー」(日本で最初のビール製造)創立者G・ローゼンフェルトは技師ヴィーガントを招いて山手46番地で醸造を開始。その後間もなく、会社をL・クラインに委譲。
→ヴィーガント退職
→1870(明治3)年、山手68番に「ヘクト・ブルワリー」設立、J・B・N・ヘクトがヴィーガントの参加を得て営業
→解雇され、再び米国へ渡る(正確な年は不明)
→2年後、来日(正確な年は不明)
→1874(明治7)年「ジャパン・ブルワリー」廃業
→1875(明治8)年「ヘクト・ブルワリー」廃業
1875(明治8)年 ヴィーガントの賃借経営で「ババリア・ブルワリー」開業
→1876(明治9)年 ヴィーガントとコープランド、「スプリング・ヴァレー・ブルワリー」を共同経営。6月16日、広告を出す。
スプリング・ヴァレー・ブルワリーという醸造所はコープランドとヴィーガントの合名による工場であった。ヴィーガントは山手68番のヘフト醸造所に雇われたこともあり、のちにコープランドの醸造所に移り、おそらくは資金面を負担したものと見られている。
→1879(明治12)年、両者は不仲となり、ヴィーガントがアメリカに帰国。夏に米国総領事裁判所に組合解散の申請
→1880(明治13)年解散
→1884(明治17)年、単独経営となったコープランドは営業不振になり、番頭のイートンとの間にも訴訟沙汰が起きて 「スプリング・ヴァレー・ブルワリー」倒産

→1885(明治18)年、トーマス・ブレーク・グラバーの支援を受け、スプリング・バレー・ブルワリーは日本人投資家に売却され、ジャパン・ブルワリーとなる
→1888(明治21)年、ジャパン・ブルワリーは明治屋と一手販売契約を締結し「麒麟ビール」の販売を開始

コープランドは、後に日本人女性と再婚、自宅のビアガーデンを経営しながら、東京の磯貝麦酒醸造所の技術指導を行う。1893年に日本を後にし、グアテマラシティで商売を始めるが上手く行かず、1902年1月には日本に戻り、横浜の石川町に居を構えるが、翌2月には没することになる。コープランド夫妻の墓は横浜外国人墓地に建てられた。
スプリング・バレー・ブルワリーの跡地は横浜市立北方小学校となっている。ジャパン・ブルワリー社の後身である麒麟麦酒社の横浜工場、横浜支社では、コープランドの命日である2月11日と6月、墓前で、最新のビールを供えて、墓前祭が行われているそうである。

とりあえずディレクトリ関係をざっと見てみると
・1861-1874 記述なし
・1875 Bluff Directoryに以下の記述
Yamate#68 Hegt's Brewery
     F.Harryman , C.Priebee , Captain Purvis, R.N.,
Yamate#122 Spring Valley Brewery
Yamate#123 W.Copeland

Yamate#68の項には
N.J.B.NorrdHock Hegt(Absent)
Eyton, J.L.O
Harryman.F
Priebee.C
Thomsen.C
とある。

・1876 Yamate#68にWiegandの名前 "Ue-Gando"の名前
・1877 Yamate#123にWiegandの名前
・1878 Yamate#122 Spring Valley Beer Gardens
Yamate#123 Spring Valley Brewery
W.Copeland
E.Wiegand
C.A.Ronwick
J.L.O.Eyton
・1879 Yamate#123 Spring Valley Brewery
W.Copeland
E.Wiegand
・1880 Yamate#122 E.Wiegand
Yamate#123 W.Copeland
尚、1879年、1880年にはLadies Directory に、Yamate#122 Mrs.Wiegandの記述がある。
相方のコープランドには日本人妻がいたが、ヴィーガントは妻を伴って来日したのか、日本人妻なのかどうかも不明である。

Jeffrey W. Alexanderの著書「Brewed in Japan: The Evolution of the Japanese Beer Industry」でも、Wiegandの情報が少ない事に言及している。 J.D.Eyton がコープランドに宛てた手紙の末尾に「Many thanks for information about Wiegand」との記述があるが、消息はこの文章からは当然読み取れない。

22:00 | histoire | - | - | |
2018.07.24 Tuesday

移動(復路)

福岡は気候の変化がダイナミック。
発つ直前まではこんな天気だったのに、
マリゾン駐車場マリゾンの砂浜
昼過ぎに天気が急変したらしく、凄まじい雨で博多駅は水浸しだったそうだ。
 同じ頃、同じく東京への移動組が福岡空港から飛行機に乗る予定だったのが、落雷により滑走路と誘導路が交差する路面が約40cm四方、深さ約10cmはがれていることが判明、16時半頃に滑走路が閉鎖されてしまった。一部の人は飛行機をキャンセルして新幹線に乗り換えたが、結局1時間後の17:40に滑走路閉鎖は解除されたとの事。振り回された人も空港の関係者も大変だ。

 東京に戻った翌日、近所のビルの看板が焼け落ちて騒ぎになり、上空ではヘリが複数機飛んでいた。暑さによる電気火災という噂だが、この暑さだと納得してしまう。ここ2日で人が救急搬送されているところも2回見かけたし、都会も暑い。しかし、日よけという点では都会には高いビルがあるのでとりあえず日陰もある。福岡は本当に日陰が少ないので日傘は必須。日傘は買って数年経つと紫外線防止効果もなくなってくるので、油断大敵。


 Winnie-the-Pooh 実写映画化のニュース。大人になったクリストファーロビンと久々の再会を果たしたプーさんが本物の熊になっていたらどうしようかと思ったが、ちゃんとぬいぐるみのプーさんだったので安心。

07:00 | Fukuoka | - | - | |
2018.07.20 Friday

移動(往路)

福岡中央郵便局の隣のスタバ
本州だけでなく、九州も暑い。
鷹の祭典
天神地下街は相変わらずの活気。
都市高速
福岡の空は本当に広い。市街地から空港が近いので、高い建物がないからである。
すなわち、許可なくドローンが飛ばせる場所もかなり少ない。飛行機の進入表面に含まれるので、志賀島も、相の島ですらアウト。
福岡サンパレス
福岡サンパレス。近隣に2500席ほどの新しいホールが完成したら解体されるという話を聞いた。ウォーターフロント地区再整備構想によるものだが、「航空法による高さ制限が特区によって緩和された為、高さ100メートルのビルを建てれるようになっており、風景が一変する可能性が高くなっています。」とあるので、高さ制限にも例外はあったのだな。

20:30 | Fukuoka | - | - | |
2018.07.19 Thursday

ハープの音域と音の配列

ハープ音域と音の配列
ハープの音域と、グリサンドなどで可能となる音階の音の配列。
昨年、ハープ未経験の作曲家の方に編曲をお願いした際にお渡ししたメモが出てきたので、記念にアップ。


ある日、私は教室に座っていた。
やがて、教室に先生が入ってきた。先生は、ひねくれ者で天邪鬼でへそ曲がりで、いかにもヘリクツをこねくり回していそうな、面倒くさそうな面構え。まるで鏡を見ているようだ。
試験が配られた。これは数気世蹐Δ?

【第1問】貴方が普段弾いているダブルアクションハープでC1弦からB1弦に向かってスケールを弾くとき、音の配列は全部で何通りあるか答えなさい。但し、弦はそれぞれ1回ずつ順番に弾くものとする。
→これは、3の7乗、解答は2187通りであろう。ダブルアクションハープは足元の7本のペダルを上中下の3箇所にそれぞれ配置することができる。その配置によりC1弦からG7弦までの全ての音が決まるからである。

【第2問】上記ハープでC1弦からB1弦に向かってスケールを順番に弾くとき、音の組み合わせは何パターンあるか答えなさい。
→うーむ、これは異名同音が出てくるからちょっと面倒。C1弦とD1弦、D1弦とE1弦、F1弦とG1弦、G1弦とA1弦、A1弦とB1弦が同じ音になるパターンが243回ずつ、合計243×5=1215回出てくる。また、E1弦とF1弦が同じ音になるパターンが486回出てくるので、2187-(1215+486)=486パターン……
いや、違う!例えば C#D♭EFGAB の音階だと最初の2音が異名同音だが、音の数が7つから6つに減るだけなので、これもパターンの一つとしてカウントできる。よって、この設問も2187パターンでOK…のはず。

時が過ぎ、試験は終了した。
先生の解説が始まった。私の解答は間違っていた。なぜなら、ハープは一種のナマモノで、調弦は常に変化するので、1オクターブの音は12種類に限定することは不可能だからである、と言うではないか。
やはりあの先生はヘリクツ屋だったな。まるで鏡を見ているようだ。そもそも何の試験だよ。

…という夢を見た。
うなされたのは、連日の猛暑で脳がやられたせいかな。今日も仕事中、頭痛と眩暈がして、手足や顔がだんだん痺れてきたからなあ。飲み水は無事に買えましたか?と言って下さった方の顔が実はまともに見えていなかったのは内緒である。
ハープ。調弦が狂うとは言っても、弦を緩めて音を出すには47本それぞれに限度があるし、逆に締め過ぎたら弦は切れてしまう。そこまで考えたらどういう計算式で解けるのかな。
エレキハープなら「A4=442Hzで全ての弦が正確に調弦されているものとする」という一文で救われそうだが。
そもそも、エレキハープだという前提でも、上記の解答は正しいのだろうか。また別の先生が出てきて解説してくれる夢でも見てみたいものだ。

01:00 | Harpe | - | - | |
2018.07.14 Saturday

14 Juillet と La Marseillaise

夏の渋谷
19:30だというのに、この気温。
しかし、暑いのも悪いことばかりではないのかもしれない。
先週の本番数日前、足を強打して青痣を作った上に、犬には手を噛まれたが、演奏には影響せずに済んだ。この暑さで新陳代謝が活発になり、傷の回復も早かったのかもしれない。

キャトルズ・ジュイエと言えば、「ラ・マルセイエーズ」。
今回、他の楽曲の中に登場する「ラ・マルセイエーズ」を2曲貼っておく。
1曲目は、ドビュッシーが革命記念日の情景を描いた「花火」。演奏はヴァン・クライバーン。

ラスト付近、遠くで聴こえる「ラ・マルセイエーズ」の断片が現れて、やがて徐々に消えて行くところが良い。

2曲目もややマニアックだが、ヴィラ=ロボスの交響曲第3番「戦争」。この曲には銃声やらブラジル国歌やら、いろいろな音がコラージュのように組み合わされているのだが、最終楽章に「ラ・マルセイエーズ」も出現する。

余談だが、ヴィラ=ロボスの交響曲は、第3番が「戦争」、第4番が「勝利」、続く第5番が「平和」の3部作となっているのだが、第5番は楽譜が紛失されているらしいのが非常に惜しい(ブラジル政府から委嘱された3部作だというのに!)。

今年のW杯はフランスが決勝進出、フランス時刻で7/15(日)17:00キックオフという事で、血沸き肉躍る「ラ・マルセイエーズ」が流れる革命記念日の翌日も選手たちは国歌を歌い、フランスは大盛り上がりとなるのであろう。
一方、日本でも博多ではちょうど山笠の季節で、15日は追い山。街は躍動感あふれるたくさんの飾り山で彩られ、地元民は熱く盛り上がっている。

20:00 | français | - | - | |
2018.07.07 Saturday

Il y a 入谷朝顔

入谷朝顔市の提灯
入谷朝顔市の混雑 入谷朝顔市の朝顔たち
↑人も朝顔も混雑していたが↑、 ↓2鉢入手できた。↓

朝顔_團十郎ほか
1つ目は、4種の中に"團十郎朝顔"が入っているもの。"團十郎朝顔"は海老茶色の花の方。"團十郎"は本来、蝉葉で斑のない葉のものらしいので、この花は覆輪こそ入っていないものの、もしかすると團十郎の亜種なのかもしれない。

朝顔_八重咲
2つ目は、八重咲き朝顔。朝顔市にも置いてあるところは比較的少なかったが、訪れたのが2日目夜だったので売り切れていただけかもしれない。パッと見て朝顔には見えないが、ちゃんと朝開花して夜は閉じている。蓮華草のような色合いが美しい。

八重咲を含めて朝顔には多くの種類がありそうだが、九州大学のアサガオホームページを見ると、全く朝顔には見えない形や、あまり見かけないタイプの色合い・模様のものも多くあり、圧倒される。文化文政期、嘉永安政期に朝顔ブームが起き、明治維新の頃にはいったん下火になるも、明治中期以降に再び栽培がさかんになったようだ。
朝顔は別名「牽牛子(けんごし)」と呼ばれるらしく、七夕の牽牛と関係があるのかとも思ったが、そこはよく分からない。
(参考: 養命酒 生薬百選)

朝顔の種子は、奈良時代末期もしくは平安時代の遣唐使が日本に持ち込んだとされており、その時代によっては、万葉集で詠まれている"朝顔"はアサガオではなく、桔梗か木槿(ムクゲ)という事になってしまうらしい。(Wikipedia アサガオのページ)。
どちらの時代なんだろうか。
万葉集第14巻の朝顔が登場する歌(詠み人知らず)の中に、"あなたから決して離れませんよ"という意味の歌がある。個人的な考えだが、「離れませんよ」というのが、つる植物の性質を表しているような気がしなくもない。桔梗も木槿も蔓で巻き付いてこないはず。なので、個人的には、"朝顔輸入は奈良時代末期"説を支持したい(笑)。

これまた全くどうでもいい蛇足だが、ちょうど10年前の七夕の日はこんなことをやっていたのだった。もう番組自体が終了してしまったが、当時の原稿はどこへ行ったのだろう。10年前から思っていたが、常盤姫伝説はオペラか歌舞伎にしても面白そうだ。それこそ七夕コンサートの曲目としても相応しい題材だと思う。

2018.07.07 Saturday

七夕の本番

本番は無事に終わった。
今回、1,100名を超える方が聴きに来て下さったとの事。暑い中、何と有難いことだろうか。
演奏は自分なりに力を尽くしたつもりだったが、果たして客席にまで届いていたのかどうか。
七夕らしい曲目。アンコールの演出も楽しかった。
チャイコフスキーのロメジュリは改訂版の方が知られているけれど、何度も聴いていると原典版の方がシンプルでしつこくないような気もしてきてしまう。前半のハープが楽だからかもしれないが。
グラズノフは、今回の演奏会で初めて知った作曲家だと言う人を複数見かけたが、同時に、こんな名曲がなぜあまり演奏されていないのかと言っている人もいた。ロシアらしい美しい旋律がなかなか良かった。どうすればあのような美しい曲が作れるのだろう。恐るべしロシア。W杯は惜しかったけど。

2018.06.30 Saturday

『音楽史を変えた五つの発明』

リハの帰り道、『音楽史を変えた五つの発明』という本を少しだけ読ませて頂いた。
イギリスの作曲家 Howard Goodall著。その5つとは、記譜、オペラ、平均律、ピアノ、そして録音技術だと述べている。
読んでいたらすぐトンネルに入ってしまったので暗くてあまり読めなかったが(笑)、蓄音機を初めて買い求めた人々にとってラヴェルやプロコフィエフの音楽は恐怖を感じさせるものだった話、ラヴェルなどフランス作品でよく見かける Ut表記の話、口承でのみ伝えられてきた音楽がやがて記譜法の発明により正確に後世に伝えられるようになった経緯などが書かれており、なかなか面白かった。
150年ほど前、日本が開国して西洋人が日本の音楽に接したり、その逆もあったのだが、お互いに奇妙な音楽に聴こえた というのは、やはり耳慣れた音楽が平均律か否かという理由だったのだろうか。
そのあたりも含めてゆっくり読みたいのだが、まだ本の入手すらできず、先の話になりそう。

23:55 | Harpe | - | - | |
2018.06.26 Tuesday

羽化するヤゴ


(2008/6/26録画)
偶然にも、ちょうど10年前の今日録画した映像を見つけたので、記念に貼ってみました。
数百倍速に編集したので、画質は粗いです。
スマホでは表示されません。

05:00 | scientifique | - | - | |

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