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2018.08.29 Wednesday

船尾にて

Tokyo Cruise
船に乗ると、必ずこのように船尾から写真を撮ってしまう。航跡波と青い空、離れていく出発地の光景の構図が美しいからである。

折しも、航行中の船から誤って転落して無人島で2日間を過ごした人のニュースをやっていた。見ると、とても見慣れた風景がテレビに映し出されているではないか。それもそのはず、これは博多湾に浮かぶ小さな無人島・端島。市営渡船で博多港から志賀島に向かっている途中、カメラで夜景を撮影しようとして海に転落、1〜2km泳いで端島にたどり着いたそうだ。
その後、無事に遊漁船に発見してもらえたのは良かった。
そのうち、自分も写真を撮ることに夢中になり同様のことをやらかしそうで、身につまされるニュースだった。
国土地理院_CKU747
端島は福岡マリーナの真南の海上、陸地から600mほどの位置にある。
(写真の出典: 国土地理院 航空写真 1975/02/24に高度1,676mから撮影されたもの。)

2018.08.28 Tuesday

観客席から

芸劇
足掛け10年ほどご指導頂いた指揮者の先生が振る、オーケストラのコンサートへ。
3曲を除いては知らない曲ばかりだったが、ピアノありハープあり、パイプオルガンありの編成で壮観。
先生の指揮は、演奏者の立場でステージ上で見ても、観客として客席から見ても、数年の時を経てもやはり変わらず流麗だった。別世界に引き込まれてしまう。
今回の曲目の研究のため、本を10数冊も読んだそうだ。そういうストイックなところも変わっていない。
行っておいて良かった。

2018.08.28 Tuesday

備忘録(東京→UTへの郵送)

東京から米国のユタ州へ、小さな荷物を普通郵便で郵送した。
投函したのが8/10、貼ったのは確か140円切手。当然、補償も付かないし追跡もできないが、一か八かやってみた次第。
結果、無事に宛先に到着したのが、現地の8/24午前中だったようだ。投函から到着まで2週間程度ということになる。

日本郵便からのお知らせ(7/27付)で、「アメリカあて郵便物(一部地域あて)に関するお届け遅延について」によると、ユタ州はEMSの送達が遅延するおそれがある地域となっているようだ。「アメリカUSPS(米国郵政公社)の郵便局における処理の遅延の影響」という事情らしい。同時に、同地域から差し出される日本宛ての郵便物についても、同様に遅延する可能性があるとの事。
それにも関わらず、今度は前回と同じサイズの荷物をEMSで発送してみた。小さな箱なのでEMS伝票が貼れず、仕方なくA4サイズの封筒に入れて送付。料金は2,000円かかった。
そして、先ほどEMS追跡をしてみた。
JPN→UT EMS追跡

無事に税関を通過、宛先に到着したのが現地時間の8/27午前。
他局転送というのが気になるが、宛先の局を取り違えでもしたのだろうか。いずれにせよ、結果として1週間で届いたことになる。通常であればもう少し早く到着するはずなので、やはり今も遅延は解消されていないのであろう。

2018.08.15 Wednesday

お盆

今年のお盆はいつになくしんみりしてしまったが、ニュースなどを見ていると元気づけられるような事案も。
ボランティアの方が、3日間行方不明だった2歳の子を発見した話はすごいな。
並外れた体力、精神力もさることながら、ゆるぎない信念と溢れる愛。
何事も、長く続けてきて初めて見えてくる世界があるというのは分かるのだが、それを人のために活かす姿が素晴らしい。
今回の事で話題になったからと言って、必要以上にマスコミに追いかけ回されてほしくはないが、これまでの生涯を知りたい気もする。
昔ここでも書いたハープ職人さんや、広島長崎で二重被爆した山口彊さん(今はお孫さんが語り部をやっているそうだ)、時代はかなり遡るが、三毛別羆事件の伝説のマタギ…いずれも故人だが、記憶に残るスーパーお爺さんだ。

2018.05.23 Wednesday

忙しそうな曲


ここ最近、忙しい時に思いがけない事が起こると、この曲 W.A.Mozart の Symphony N°25 KV183の5小節目が頭の中で再生される。
テレビ番組の影響だろうか。
忙しい人の携帯の着信音を、この曲に変えてみたら楽しそうだ。

この曲、ハイドンの交響曲第39番ト短調に影響を受けているらしい。

…第4楽章だからかもしれないが、こっちの方が更に忙しそう。

2018.05.05 Saturday

連休2

TokyoRainbowPride_1
スタバって、こういう移動販売もやるんだ。

TokyoRainbowPride_2
何やらここだけ空気が違うと思ったら、こないだテレビでも紹介されていた納棺体験コーナーだった。
模擬葬儀ではかわいいブレスレットも作れると書いてあるが…それってお数珠のことだろうか。
お祭り騒ぎの囂しい通行人たちを物ともせず、お坊さんがお経を唱えるシュールな光景。

TokyoRainbowPride_3
ここまで来て、ステージをいくつか見て、ここでやっているのがLGBTのイベントであることに初めて気付いた。
自分本来の姿を隠して暮らし続けることを、ある日突然やめるのにはかなりの勇気も必要なのだろうけど、そこを乗り越えてここにいる人たちは活き活きとしているように見える。

昨年の今日は福岡公演のホール打合せと、友人のお見舞いのあと、やはり博多どんたくのお祭り風景を見たのだった。
今回、ここにいる人たちも、ある日を境に、同じようなお祭り風景もそれまでとは違うものに見えたりしたのだろうか、などと、ちょっと思った。


2018.05.04 Friday

連休1

ゴールデンウイーク後半。
「連休」という文字が「遺体」に見える。病んでるのかなあ。
歴史研究のための情報収集も、この連休中の日課も確実に進んでいて楽しいのだが。
しかし、例えば東大の加藤陽子先生も、歴史に関する著書「戦争まで」の中で、"私は普段は死んだ人や死んだ人が遺した史料を相手に暮らしているので云々」と書かれていた。それにクラシック音楽だって、言うなれば死んだ人の作品を研究して演奏するわけで、普段自分がやっている事を考えたら無理からぬ事だ。これでいいのだ。
クラシックで次に弾いてみたいのは、やはりラヴェル作品。ラヴェルは自宅にいる時もスーツ姿で過ごしていたという、お洒落な人物だったらしい。
…ラヴェルも、休日だからと言って2日間ずっと寝巻で過ごし、回覧板が来たから渋々重い腰を上げるようなヤツなどに自分の作品を演奏して欲しくないだろうなあ。

2018.04.15 Sunday

月の光

ピアノ原曲も決して簡単な曲ではないが、ハープだとどうしてもスピードが落ちてしまう。中間部のペダルチェンジがなかなか覚えられない。
和音をアルペジオにするかセッコにするかも、悩ましい。
ハーモニクスが決まればとても美しく効果的だけど、外した時の"これじゃない感"は大きい。
ハープで弾くフランス作品は、ペダルチェンジがまるでゲームのようなものばかり。心臓に良くない。しかし、きちんと弾ければハープの魅力が存分に発揮できる。

突然の悲しい報せがあった夜から、早いものでちょうど3週間が経った。
あの日以来、今までと同じであるはずの見慣れた風景が、まるっきり違って見えるようになった。
昨夏のコンサートでは、ステージが真正面に見える客席から笑顔でずっと見守ってくれていたのが分かり、この奇跡はあと何十年も続くのだと信じ込んでいた。

その時弾いた演目のうち、Debussy(Salzedo編)「月の光」1曲だけを携帯に録音し、病床でも時々聴いていると言っていた。
ヴェルレーヌの詩にインスピレーションを得て作曲された「月の光」は、仮面の下に秘められた道化の悲しみが美しい月の光にとけ込んで行く様子を音楽にしたものだという。
底抜けに明るく、絶望という言葉を知らないのではないかというほど前向きだった。死ぬことが怖くないとも言っていた彼女も、実は深い悲しみを隠していて、それを示唆していたのかもしれない。
そう考えると、「月の光」も、今まで慣れ親しんできたのとは全く違った曲のように聴こえてくる。

2018.03.17 Saturday

すみっこぐらし


すみっこぐらし。今日初めて見たキャラクター。
公式サイトによると、

"さむがりの“しろくま”や、自信がない“ぺんぎん?”、食べ残し(?!)の“とんかつ”、はずかしがりやの“ねこ”、正体をかくしている“とかげ”など、ちょっぴりネガティブだけど個性的な“すみっコ”たちがいっぱい。
すみっこが好きな方、すみっこが気になる方、あなたもすみっコなかまになりませんか?

との事。

仕事場,任皀ケでも、いつもすみっこで生きている身としては大いに共感する。
決定的に異なるのは、こっちはこんなにかわいらしくはないという一点に尽きる。

2018.03.14 Wednesday

エンディングノート

この世に生まれた瞬間から死へのカウントダウンが始まっている。
頭の中では分かっているつもりだが、周囲で10代から50代の逆縁がこうも続くと、やはりやり切れない。神様はいないのか!と電話口で泣かれるのも心苦しい。

だが、遺族はもっと辛いうえに、関係者への連絡や通夜、葬儀など、諸々を粛々とこなさなければならない。
とくに、若い人が亡くなった場合は両親が関係者に訃報を知らせることになる。若いと対象人数も多くなるが、両親が子供のパソコンや携帯のパスワードを知らず、中身を見ることができないので交友関係が把握できず、通夜までの日数が限られている中で連絡に苦労しているケースも多いようだ。

パソコンの場合、ハードディスクだけ取り出して別のパソコンに入れたら中身を見ることが出来たというケースもあった。
故人がTwitterやFacebookなどのSNSをやっていた場合は、遺族がログインして関係者に連絡していた。但し、SNS経由だと特別に親しい人から仮想空間だけのごく浅い交友関係に至るまで平等に連絡が届くことになってしまう。結果として、親しかった人は通夜に行くし、それほどでもない間柄の場合は供花を送る、というケースもあった。

自分の場合、携帯やPCのパスワードは身内には知らせてあるし、クレジットカード、銀行口座や保険関係も一ヵ所にまとめて書いてある。楽器に関しては、価値が分からない業者に二束三文で売られてしまうのは納得できないので、自分の死後どうするかは書いておかねば、と思っている。しかし、それを書いてしまうと本当にあの世に呼ばれそうな気もするので、今はまだ書いていない(笑)。
通夜や葬儀では、以前はラヴェルのピアノ協奏曲ト長調第2楽章を流して欲しいと思っていたが、遺族にしんみりされるのも何なので、明るく楽しい曲にしてもらいたい。何がいいだろう。
誰に連絡してもらうか、これは自分も含め携帯所持者の場合、携帯のアドレス帳が手掛かりになるだろう。 遺族の立場にしてみれば、携帯のアドレス帳に載っている人に片っ端から連絡を取るだろうから、昔のごく浅いつながりの業者さんなど、連絡する必要のない連絡先データは消しておいた。でも、やはりちょっとだけ不便だ。
こうやって考えると、携帯はエンディングノートとしても機能するわけだ。願わくば、携帯のアドレス帳には「死後、連絡を取ってほしいかどうかフラグ」チェックボックスや「相手に伝えたいメッセージ」欄も設けてほしい。後者は備考欄で代用できるかな。あと、携帯のアドレス帳からハガキの宛名印刷が直接、簡単にできたら便利なのだが。

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