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2015.11.20 Friday

上山草人とサダキチ・ハルトマン

以前書いたサダキチ・ハルトマンの記事 http://blog.harp.tv/?eid=1155978 の続き。

太田三郎氏によるサダキチ・ハルトマンの評伝には、 "俳優の上山草人(1884.1.30-1954.7.28)はサダキチの手引きでハリウッドに来た" という記述がある。サダキチと上山草人を結ぶものとしては、映画「バグダットの盗賊」(The Thief of Bagdad, 1924 film) が思い浮かぶが、実際には彼らにどのような接点があったのだろうか。

上山草人は「素顔のハリウッド」という著作を残している。その中に
「『バグダッドの盗賊』の蒙古王子に出演するまで ―私は斯くして撮影所に立つた―」
という項がある。
本文によると、上山草人の渡米の目的は主に活動寫眞にあり、内省的には別天地に来て前半生にはっきりと線を引き、次の行程に進む前の静思と解脱が必要だったためである、と書かれている。

ある日、彼はハリウッドにあるダグラス・フェアバンクス (Douglas Fairbanks;1883.5.23-1939.12.12) の 映画会社で東洋風の一大お伽噺を撮影するので、東洋系の俳優を広く探しているという情報を耳にした。ハリウッドの東洋衣装株式會社の店にて、キネマ旬報の田村幸彦氏が聞いてきた話を草人に伝えたのである。
草人は腹をくくり、俳優雇入所に乗り込んで行く。やがてダグラスに呼ばれ、お互いに睨み合った二人は近寄り握手をした。ダグラスは「まことにこの上もないよいタイプだ。ハルトマンが悠然と構えるから君はキビキビやってくれ給え」と草人に言った。

草人とサダキチの最初の接点は、おそらくダグラスのこの言葉であろう。

草人がハリウッドに出向いた時に最初に演じたのは蒙古王子ではなく、出番の少ない仙人の役だった。
この時点で、蒙古王子の役はサダキチに決まっていたからである。チャップリンからサダキチを紹介されたダグラスは、サダキチの特異な風貌にすっかり惚れ込んでしまい、週給250ドルと毎週ウイスキーを1ダースずつ届ける条件でサダキチとの契約を結んでいたのだ。

草人はサダキチのことをこう述べている。
「彼の名はサダキチ・ハートマン。独逸人を父とし、日本人の母を持つ、45〜46歳くらいの人物だ。日本語は一語も話さず永くここに住む変わり者の詩人だ。後で分かったことだが、実はこの時すでにサダキチがチャップリンの親友たちの推薦で悪王の役に決まっていたのだ。風貌や酒癖、やや呂律が回らないところ、不思議と人気があるところ…」。
また、草人はサダキチのことを「舶来紅蓮洞」ともあだな付けしている。おそらく坂本紅蓮洞(1866.9-1925.12.16)の舶来バージョンという意味であろう。坂本紅蓮洞とは明治大正期の文学者で、お酒と放浪生活で困窮のうちに亡くなった人物の名である。

ある日、草人のもとへ日本人俳優で端役に出ていたトーゴー・山本が駆け込んで来た。
「ハルトマンが辞めさせられた。酒浸りになるし、雲隠れはするし、衣裳が重いから嫌だとゴネ出すし、ダグラスが持て余して…」

それを聞いた草人の行動は素早かった。
何と、草人の妻・浦路をダグラスに会いに行かせたのである。

浦路「草人に悪王子のテストをやっていただけませんでしょうか」

ダグラス「今回は大映画なので多くの出演者がテスト中です」

浦路「敵役にぜひ草人を使って下さい」

ダグラス「だがあなたのご主人の目は私と同じで、親切そうで敵役には向かないのでは」

浦路「草人は役者ですから思い入れひとつでどんな悪でも表現する目に変化します。試写したらあなたはそれを見出すでしょう」

ここで浦路が丁寧に頭を下げると、ダグラスは笑顔で「多分見出すでしょう」と言いつつ、日課のテニスに向かった。

蒙古王子は、ダグラス自ら扮するバグダッドの盗賊に敵対する悪役。蒙古王子が憎々しければ憎々しいほど映画が盛り上がる。
草人はオーディションの場で、かつて新劇で鍛え抜いた身体表現、歌舞伎の心得を存分に発揮、ダグラスを思わず「ナイス・フィーリング」と唸らせた。東洋人特有の「思い入れ」の技巧の凄みがダグラスの心を動かしたのだと草人は観察していた。かくして、草人は蒙古王子の役を獲得したのである。

「バグダッドの盗賊」は1924(大正13)年7月10日、ハリウッドのエジプト劇場で封切りとなった。日本人俳優がこれだけの大作に大役で出演したのは早川雪州以来のことであった。

サダキチの一件について、草人はこう締めくくる。「元来俳優として訓練のない人物を、タイプが良いからと言って茶目っ気たっぷりに200万ドル以上も投ずるような大事業の大黒柱に引っ張り出したところに無理がある。貧乏詩人が急に高給を懐にしたので、酒を買い込み、似たり寄ったりのデカダンスたちが押しかけてきて毎晩飲み明かすのだから、サダキチの楽屋入りは毎日正午ごろになり、それもトロンゲンとした顔つきでやって来る。その上、いざ本格的に演じさせてみるとパッとしない。生半可な知識があるばっかりに監督の言うことに盾突く。それやこれやで會社も大英断をやったのだろう。」

…以上を総合してみると、上山草人が元々サダキチと知人だったというわけでもなく、また、サダキチが降板したから草人がハリウッドに来たわけでもないようだ。冒頭で紹介した太田三郎氏の一文は何かの比喩だったのであろうか。謎である。
それにしても、上山草人のサダキチ評はとても辛辣である。己の俳優としての実績と実力、自信に裏打ちされたコメントであるだけに、これはもう平伏すより他なさそうである。


トロンゲンってどういう意味なんだろう。

コメント

上山草人氏の資料が発掘され、新事実が出て来ましたら是非お知らせ下さいね。

Wikipediaによると、上山氏はサダキチがキャスティングされる前にも一度横槍を入れていたようですねw
夢野久作、廣田弘毅、中野正剛…などの人物と同じ時代を生きたことを考えるにつけ、
その時代の空気をリアルで感じてみたくなります。
2015/12/01 12:10 PM by vega
興味深いエピソードをありがとうございます。
草人の資料をどこかにしまいこんでしまったらしくついぞ見つかりません。でも二人の関係性についてはおおよそ想像がつきました。
この時代のこの周辺の人々の生き様はよくも悪くも面白いですね。
2015/11/26 2:30 AM by nm

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