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2018.04.23 Monday

外務省記録1

 1918(大正7)年2月、今から100年前に日本からサンフランシスコに渡った人物の記録を探すため、まずは旅券発給記録を探すべく外交史料館へ。
 旅券発給記録はマイクロフィルムに収められており、四半期ごとの都道府県ごとに分類されている。つまり、旅券取得年月と取得場所が特定できなければ、膨大なデータを探す範囲が絞り込めない。旅券は本籍地で取るケースが多いものの、当時はどの県からも取ることが可能であった。そのため、旅立つ直前に本籍地ではなく、出港地のある横浜や神戸、長崎で旅券を取得しているケースもある。さらに、明治時代初期は渡航後に渡航先で旅券を取得するという離れ業すら可能であったため、日本の外務省には下付記録が残っていない事もある。
 これまでも、大正時代にシアトルやハワイに渡航した人の記録を何時間もかけて探したものの、1件も見つからなかったことがあったので、今回も期待はしていなかった。
 マイクロフィルムに記録されているデータは手書きで、都道府県によっては字が分かりづらくて読めない。コマ番号をテンキーから入力すればダイレクトに当該都道府県のページに飛べるが、テンキーのボタンが古く、押されたまま元に戻らないため暴走したりして、また一から探し直し、なんてこともあった。また、都道府県が絞り込めない場合、1リールあたり千数百ページの記録を何リールも自動再生にして、左から右に流れていくデータをひたすらチェックすることになる。動体視力が鍛えられそうだが、実際には眩暈がして酔ってしまう。

 ところが、今回は2時間ほどの調査であっさり発見できた!アルファベット表記しか分からなかった氏名の漢字表記だけでなく、本籍地、戸籍上の生年月日、渡航目的まで判明した。横浜港を発ち、1918(大正7)年2月にサンフランシスコに到着したことは船の乗船名簿(全て英語表記)に記録されていたが、旅券は大正5年12月に本籍地の鹿児島で下付されていたことが分かった。渡航は「再ビ」と書いてあったので、そのうちに1回目の渡航記録も探し当てられれば完璧である。
 おまけに、明治から昭和にかけて重要人物が多く宿泊したことで知られる、神戸・西村旅館の主だった西村貫一氏の記録にも偶然出くわした。同時期、宿屋業視察のため浦塩斯徳(ウラジオストク)へ向かっていた。

 海外移民がさかんだった時代の記録は、旅券下付記録以外にも、現地の住所録、日系人コミュニティの新聞などがある。ところが、その前の明治初期の渡航記録はやはり難しい。1872(明治5)年リヨンに公費留学し、1874(明治7)年にニール号沈没事故の犠牲になった(とされる)吉田忠七の記録も探したいところだが、果たして記録が存在するのかどうか。
 また後日マイクロフィルムを回しに行くのは良いのだけど、とにかく目が回って酔うのをどうにかしたい。リールごとに再生と逆再生を交互に行えば少しはましになるのだろうか。もしくは事前にアデホスコーワとメリスロンを飲んで行くべきか。テンキーを何千回も押すのも疲れるし。

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